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歩きはじめた赤ちゃんと犬猫たちと奥さんとの素敵な日々!


by papanatti
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はいはいできた

夏穂はきのうで8ヵ月になった。
まさにその日、はいはいができるようになった。
といっても、足のほうは膝が立っていなくて腰が持ち上がらず、
内腿を床につけたまま足を動かしつつ、両腕でずりずり前進するのだが。
それでも自分で移動できるという、彼女にとって
画期的な段階に入ったことは確かだ。

それにしても、ほかの生き物にくらべて
人間の赤ちゃんの成長スピードのゆっくりなこと!
8ヵ月もかかって移動を体得するなんて、
自然界のなかではなかなか生き抜いていけないに違いない。
人類が登場した約1万年のむかし、
荒々しい自然のただなかで、どんなふうにして
赤ちゃんは生き残っていったのだろう。
すごく不思議な気がする。

私には22歳になる息子がいて、夏穂にとっては腹違いの兄である。
彼が赤ちゃんだったとき、私は外に勤めていたので、
毎日の成長を今ほどには見てやれなかった。
それは男の子だったせいもある。
「男の子は、ほったらかしておくぐらいがちょうどいい」などと思って、
あまり細かく観察しなかった。
今思えば、これは間違っていたと反省している。
by papanatti | 2005-04-28 12:43 | 赤ちゃん

黒テント

4月1日から、神楽坂に新しくオープンした劇場
「シアター・イワト」で、いま劇団黒テントが
杮落としとしてフランスの劇作家コルテスの
『ロベルト・ズッコ』を上演中だ。

私と黒テントも、ずいぶん長いつきあいになる。

もとはといえば高校時代、私は役者志願だった。
卒業後、桐朋学園短大の演劇科に入学したが、10ヵ月で中退した。
時はまさに1968年、世の中全体がざわめいていた頃だ。
私は桐朋を中退したあと、六月劇場と出会い、
劇団に出入りするようになった。
彼らは自由劇場、発見の会と合同して〈演劇センター68/68〉を結成、
これが黒テントの母体になった。

私は数年後ここからも脱落し、結局出版社(晶文社)に就職
することになり、以後18年間にわたって編集者として勤めた。
70年代初頭はけっこう演劇関係の本をよく出していた。
ブックデザイナーの平野甲賀さんとも、毎月のように仕事をした。
平野さんは同時に黒テントの舞台美術・広告宣伝のデザイナーでもあり、
私は公演のたびに芝居を見に行っていた。

それがあるときから、あまり足を運ばなくなった。
なんだか面白くなくなってしまったのだ。
たまーに見に行くことがあっても、見ているのが気恥ずかしいような、
腹立たしいような感じになり、しぜんと足が遠くなっていた。
その間、黒テントの代表・斎藤晴彦さんの本はつくっていた。
斎藤さんだけは、まともに見ていられる役者の一人だったし、
なによりも文章がとてもおもしろい。

最近はまたポツリポツリと見に行くことがあるが、
もうすっかり顔ぶれは若手に入れ替わり、昔からのメンバーは数えるほど。
しばらくその状態が続いていたが、こんど劇団が引っ越したという。
かつての都立家政から、神楽坂の古いビルへ。
その第1回目の公演というので、3月31日、
ひとりで大詰めの舞台稽古をのぞいてきた。

舞台稽古といっても、もうすっかり本番の道具立てで、
スタートからラストまで通しでの舞台。
ちょっと遅れて行ったので、すでに最初の場面がはじまっていた。
それから約2時間弱、途中首をひねるところもあったが、
おおむねなかなか緊張感のある、いい芝居だった。

終わって久しぶりに平野さん、演出の佐藤さん、
制作の宗重さん、女優の桐谷さんらと言葉を交わした。
会いたいと思っていた晴彦さんは前日みんなを激励して、
芸術座の『放浪記』に出演のため、九州に行ったとのこと。

外で、あとから出てきた元メンバーの服部さんと
これまた久しぶりにお茶を飲みに喫茶店に行った。
積もる話に花を咲かせ、11時過ぎに帰宅。
もと六月劇場のメンバーは、ずいぶん若死にしたと言われて
そういえばそうだなあと、いろんな顔が頭をよぎった。

芝居はこんどの公演中に、もういちど見てみたいと思っている。
by papanatti | 2005-04-06 18:13 | 映画演劇